特定医療法人 杏仁会 神野病院

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(広範性)発達障がい

〈(広範性)発達障がいのBさんのケース〉

 Bさんは、20歳代女性の専門学校生。小さい頃からみんなとままごとなどをして過ごすことはあまりせず、静かに一人で本を読んでいることが大好きなお子さんでした。ご両親は「恥ずかしがり屋で手のかからない子」と思っていました。小学校高学年になると女の子同士のグループに入っていても孤立感を感じる様になり、周りの子たちと自分はどこか違うんだと感じる様になりました。というのも、どうやって会話を切り出して良いのかが分からずもじもじしてしまったり、一人二人の友達と話すことはまだ大丈夫だったのですが、それ以上の人数になると「なんでみんなは盛り上がっているの?」と分からなかったり、時には「自分のことを笑っているのかな?」と心配することもあって、みんなについていくことがとても難しかったからです。音に対して敏感なところも大人数を苦手にしていた理由の一つでもありました。それでもなんとか調子を合わせることはできていましたので周りから浮いてしまうまでにはならず、中学高校時代は美術部に所属し、その中で少ないながらも親友と呼べる友達も出来たため寂しさを感じることはあまりなく過ごすことが出来ました。進学に当たり、将来は幼い頃から好きだったウェブデザイン関係の仕事につければと専門学校を選択し一人暮らしを始めました。専門学校に入り、周囲は男子学生が多かったことや友人達と離れ離れになったこともあって親しい友達は出来ませんでしたが、好きな勉強を出来ることやアルバイトで忙しい毎日だったこともあり、さほど寂しさや大変さを感じることはなく過ごしていました。最終学年になり、就職試験を受けるようになったある日のことでした。その日の試験はある課題についてグループ討論をするものでした。もともと集団を苦手としていたこともあって前日からとても緊張し、ほとんど眠れないまま試験に臨んだBさんは、討論開始すぐから頭が真っ白になってしまい、その後何を答えたかも覚えていないほど混乱してしまいました。その出来事をきっかけに、その後の就職試験では個人面接の時でさえもすぐに頭が真っ白になって言葉が全く出ないようになってしまい、結局就職を諦めるざるを得ませんでした。そんな状態になってしまう自分に心底嫌気がさし、気持ちは塞ぎ、次第に引きこもりがちになってしまいました。なんとか専門学校は卒業したものの、実家に戻っても引きこもりがちの生活は更に一年ほど続きました。しかし、高校時代の親友達の励ましもあり、次第にこのままじゃいけないと思うようになっていきました。そんな時、何気に観ていた動画サイトで自らが発達障がいであることを告白している男性タレントの姿を目にしました。引き込まれるように彼の話を聞いているうちに自分に似ているところが沢山あることに気づいたBさんは、自分ももしかしたら発達障がいなのではないかと思うようになりました。インターネットで検索し、いくつかのサイトに載っていた発達障がいのスクリーニングテストを試しにやってみたところ、そのいずれでも発達障がいの可能性が高いとの結果が出ました。意を決したBさんはお母さんにこのことを話し、二人で相談をした結果、後日一緒に私たちの元を訪ねて来られたのでした。